”いい家”ってなんだろう

 私の知人が東南アジアに小学校を作るボアランティアをしています。そこでは村長さんの家にしかトイレがなかったり、子どもたちの学ぶ場がありません。(戦争のせいです)。彼女は募金を集め現地へ行って現地の人たち、ボランティアと一緒になって学校を建てています。400万円あれば小学校が一軒建てられるそうです。小学校といっても三角形の切妻屋根、真ん中に図書館、両端に一つずつ教室がある小さな建物です。彼女がその小学校が出来るまでの動画を熱心に説明してくれました。地面に穴を掘って基礎を作り、縦長の型枠を作って中に太い針金を入れて(鉄筋)。。。。上からバケツでコンクリートを流し込み柱を作ります。壁はレンガを一つ一つ積み、モルタルで押さえて白いペンキを塗ります。。。。。子供たちも一緒になって参加してます。みんな笑顔です。そして完成時にはみんなが心から喜んでいました。白い外壁にキリン、ラクダ、鳥の絵が上手に描かれていたのがとても印象に残っています。この学校は本当に手作りですから、隙間もたくさん、床も壁も真っ直ぐではないかもしれません。それでも暑さ雨風をしのぎ子どもたちが楽しんで学べる最高の建物なのです。私はこの映像を見てからというもの、家づくりの考え方が少し変わりました。私がこれまでに設計した家に住まれている方も皆さん喜んで頂いていると思います。しかしそこでは180度違う作り方をしているのに、同じように大勢の人が喜んでいる”いい家”なのです。
 

 

建築士と一緒に設計

  それからというもの、私はクライアントが一番望んでいるもの十分理解するために、プラン前に何度も顔を合わせて話し合っています。もちろん私はこの道のプロですから、クライアントが今の望んでいるもの、そして将来望むであろうものもお節介ながら提案させていただいています。私は注文住宅には著作権はないと考えています。同じ土地に建てたとしても、クライアントが違えば全く違う建物になります。あえて言えば設計者が半分、クライアントが半分です。そう考えているためか、私の設計した建物は一見デザインはバラバラです。モダンなものもあれば、山小屋も、、、ただし共通しているところは、どの建物でもちょっぴり”和”のスパイスが少し入っていることと、自分で言うのは少々恥ずかしいのですが”上品”さにこだわっているところです。
 

 

家に何を求めるの

 エコ住宅。高性能住宅。世の中の流れは、いかにエネルギーを使わないで暮らせるか。。。という方向に向かっています。時代と共に家の性能が良くなるのはとてもありがたいことです。私も自宅を設計しましたが、私は節約するために家を建てたのではありません。「やっぱり家にいるのが一番良いね」と思える居心地の良い空間が欲しかったのです。家内もそう感じてくれているようで、15年たった今でも大変気に入ってくれています。クライアントの中には、パッシブ住宅を希望された方もいらっしゃいましたが、どちらかと言うと”空気感” ”デザイン” ”楽しい空間” ”遊びのある空間” ”素材の使い方”、、、を求めて依頼される方が多いようです。勿論、住宅の断熱性能、耐震性能、、も最高なものを求めたいと言う方にはお応えしています。 

 
 

工事業者はどうする

上記にクライアントと設計士は一緒に設計と書きましたが、工務店さんも一緒になって設計にも参加してもらうことも少なくありません。皆さんのご想像通り、私の設計する建物は工務店泣かせのディーテイルが多く、工期も長く、工事中の変更もたびたび、、、工務店さはよく根気よく付き合ってくれて本当に感謝しています。間違いなく利益も少ないのだと思いますが、利益優先のところとは付き合いません。と言うより付き合ってくれません。。。
先日、完成間近の住宅で現場監督のMさんと2人きりになった時にこんな事を言ってくれました。「この時期は大変で他の現場は面倒な作業だけど、金田さん設計の現場は楽しくて苦にならないんですよ。」と、難しい納まりに真正面から向かって一生懸命に施工図を描いて、大工さん協力業者さん一緒に知恵を出して作ってきた家。養生を剥がすとその色々な努力が形となって見えてくる。。。そんな思いなんだろうなーと感動しました。だから私がこの工務店にお願いするときは、現場監督もMさんを指名します。
という訳で、現場監督を指名するくらいですから、工務店も私がクライアントの要望に合わせて推薦しています。
 

 

材料、業者のこだわり

協力業者さん(=下請け業者さん)は、通常工務店さんが決めます。ただし、私の設計する建物の一部は、自分で探し回って本物だと思える業者さんを使ってもらうことにしています。レンガはここ、石材はここ、ステンドクラスはここ、銘木はここ、アイアン製作、鉄骨階段、薪ストーブ、建具はここという感じです。工務店任せではなく、その業者がどうゆう仕事ができるかを理解して初めて難し注文ができると思っています。江別レンガの米澤煉瓦さんなんかは、クライアントと何度も行くので、どこにどんな煉瓦が置いてあるか私が説明できるくらいです。(笑) 
 

 

仕事への思い

小さい頃から、スポーツと図画・工作が大得意な少年が、そのまま大人になってしまったような気がします。夏冬の休みの自由研究は毎回手づくり模型。それも凝りに凝っているので、毎回ハードルが上がって先生まで驚かせるのが楽しみでした。今、私にとって設計という仕事の労働、それ自体がもっとも純粋で激しく情熱をかきたてる楽しみとなっています。その作業にどのくらい日数をついやしたかは全く関係ありません。私にとってその作品に商品価値を与えた時ではなく、かなり満足できる程度に完成した時にやっとその仕事から開放されるのだと思っています。
 

 
 

金田博道建築研究所

私が独立を考えた時に色々と相談にのっていただいたSさんを今でも思い出します。Sさんは私が設計担当した住宅に住んでいました。建設最中の打合せも毎回楽しいもので、私の設計をたいへん高く評価して下さっておりました。その後もよく遊びに行っていたのですが、暫くご無沙汰していたある日「生まれ育った新潟に小さな別荘を建てたいので設計してもらえないだろうか」と連絡がありました。私は久しぶりの再開にSさん宅に飛んで行ったのですが、そこにSさんがいません。キョロキョロしていると声を聞いてはじめてSさんだと気付きました。あまりにも変わられた容貌で本当にわからなかったのです。その後入院され、打合せは病室と体調の良いときには近くのカフェで、色々な話を聞かせて頂きました。「金田くん、私と他の人との大きな違いがわかるかい?それは死がいつなのか分からないで生きているか、そうでないかです。。。」貧しい境遇から努力をされてきた方で、尊敬できる人生の先輩として、たくさんのアドバイスを頂きまた。「金田くんは独立したらいい」「そして会社には必ず自分の名前を入れなさい。金田くんなら成功するよ。。。」と、1/100の模型をお渡しした時には、涙を流して喜んでくださいました。しかし、その別荘計画はそれより先には進みませんでした。
私の会社には、自分の名前「金田博道」そして、いつまでも初心を忘れず勉強してゆこうという意味で、「研究所」をつけて、「金田博道建築研究所」という社名にしました。2010年にスタートして8年目になります。たくさんの方々に見守られながら、応援していただき今日に至っています。本当に心から感謝いたします。